第四十章 「遊蝶花」2020・2

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                               「遊蝶花」 6号

 

 



北杜市は水の町である。有名なウイスキィー ワイン 日本酒の蒸留所がそこら中にある。豊かな清水が流れる用水路もどこにでもあり その冷たい流れは恐ろしいほどの勢いである。吸い込まれるような急流に危険を感じる。

 

流れに翻弄されながら枯葉が流れて来る。あっけなく見えなくなる。私は自分の人生を見るように目を凝らし 枯葉の行方を見る。 絡んだ草に阻まれて立ち止まったり 裏を見せ 表に反って是非なく流されてゆく枯葉 それは私なのだ。大きな流れに乗ってゆっくりと流れたり 分岐した箇所で逡巡したり 流れに吞まれたりしながら私は人生を過ごしてきた。

 

与えられたものを使い切って人生を終えたいと思った若い時期もある。然し 今となっては思えば 人生はそう簡単に行くものでは無い。夢や希望はあっても実現出来る時も出来ない時もあり 大方は流れに翻弄されて流された。流される事を私は受け入れて来たのだ。

 

流されながらも これだけはしたくないと言う気持は堅く守った。人を出し抜く事 軽蔑する事 羨む事 嫉妬する事 妬む事 意地悪をする事 不正直な事 まだまだあるが これらのことをすれば 人との関わりが濃くなる。必要以上に他人との距離が近くなる。 ニアミスで自分にも墜落の危険が及ぶ。私は淡泊に生きてゆきたいのだ。日本画にこれ程惹かれるのも 日本画の天然絵の具の淡い味わいと 水に溶ける淡白な溶剤

薄淡い和紙 何をとっても淡白で必要以上干渉してこない粋さがある。

 

 

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先のブログで私は駈落ちしたといった。かなり過剰な言葉であった。あの頃 つまり私が家を出た二十歳の頃 私は両親の期待を裏切り 美大へ入学し絵を描いていた。両親は そんな私に諦めが付かなかった。美大へ通う私に折を見ては 美大の事はもう気が済んだことであろうから もう一度医大を受験しないかと持ち掛けた。父方も母方も医者の家系であった。男の子が居ないので 長女の私は家督として育てられた。男の子の着るような深緑や焦げ茶 細かい千鳥格子の黒のスーツなどを着せられ 硬い半長靴の紐をきっちり結んで学校へ通っていた。リボンの付いた赤い靴に フリルのワンピースを着た妹の手を引いて歩くと私は 長男であると言う責任を感じた。父は厳格に私を躾け 妹を人形のように可愛がった。よくあることである。

 

私はそのことで思い悩む事はなかった。妹ばかりが可愛がられるとは思わなかった。私も妹を人形のように可愛く思った。可愛い服を縫ってやったり 可愛い髪飾りを買ってやったりした。しかし 大学を選ぶ段になって私は両親を裏切った。美大へ行くと告げた私を父は なすびの蔓から胡瓜がなったようだと嘆いた。絶対に反対された。それから私と両親とは全く話をしなくなった。何とも言いようがない沈黙の日々。

 

そのような状態で家にいることはできなかった。美大はやめてもいい 自活しながら一人で暮らそうと思った。

 

 

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そんな時 私の前に現れたのは淡白で水のような前本であった。とにかく少しだけ居候させて貰おうと前本の下宿に住み着いた。前本と言う人は 結婚とか 家庭を作ると言った事に何の興味も希望も持って居なかった。私も同じ様であった。しばらく同棲した

居心地の良い生活であった。大恋愛をしたわけでもなく 淡々と絵を描いて過ごした。かなり長い間私たちは籍を入れなかった。今でも前本先生の奥様と言われるのが苦手だ

確定申告の面倒さから私は籍を入れた。前本はそんなことはどうでも良かったに違いない。私達は結婚式も挙げていない。結婚指輪も持っていない。私にとってもそんなことはどうでも良かった。

 

 

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加山先生が私の事を 規格外れと言った。高校の頃 仲良くしてくれた先生は笑いながら 北里さんは期待外れだったわと言った。私も本当だと笑った。先生は 自分の好きな事をするのが一番よと励ましてくれた。

多摩美の先輩から 道無き道を行くのはやめたほうがいいと言われた。道無き道を行く季規格外れで期待外れの私。なすびの蔓に生った胡瓜。全くその通りだ。私は大概の事を容認してしまう。それで良いのだと。人との距離を適切に保つためにはそうするに限る。そうして人から距離を置いていないと絵は描けない。

私は絵を描くことでしか生きてゆけない。私は自分を絵を描くものであると確信したのは小学校に上がる少し前の事である。おつかいに出ていた母が 近所の文房具屋で水彩絵の具のセットを買って来た。初めて見たクレヨン以外の画材に 我ながら驚くほど興奮した。これ程嬉しい贈り物は生涯を通じて無い。母は何気なく与えた絵の具セットに狂喜する娘を見て 半ば呆れた。この時 私は幼いながら 自分が絵を描くものだとはっきりと分かった。絵さえ描ければ何も要らないと思ったのを明確に 今でもその時の部屋の空気まで覚えている。

 

 

 

 

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前本がしょっちゅう言う。日本画に必要なのは芳しさだと御舟が言ったと。私は日本画が何より好きだ。芳しい 何と美しい。私の求めている全てが日本画に在る。私は両親を失望させ 道無き道を歩いた。それでもなお 私は日本画を描きたいのだ。

 

 

 

 

 

                       

 

 

第三十九章 「椿の海景」2020・1 

f:id:nihonganomori:20200112184731j:plain                                「椿の海景」

 

新しい年になった。葉山に居た頃は 新年の海を見にゆくのが楽しみだった。茶屋の見える岬や 御用邸の脇を抜けて眼前に開ける冬の海は静かで麗らかであった。

 

あの頃私は家から海沿いの国道までを 北風に逆らいながら歩いて居た。それが心地よかった。海風は北風でありながら親切な暖かさがあって 私に向かって絶えず話しかけた。それまでの人生を反芻しながら 新しい年は一体どのようになるのだろうと思いながら歩く若かった私を思い出す。

 

 

 

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ここへ来てからは新年になっても 窓から雪景色を眺めるだけである。今年は雪は積もらない。朝日が当たれば融けてしまう淡雪が三日の夜半過ぎから降ったきりで概ね暖かい日が続いている。

 

年をとる毎に寒いのが嫌になる。葉山の海が懐かしい。あの頃の事は夢の中出来事のように思われる。所詮 私は何もかもが夢のように思える質なのだ。色即是空なのだ。何もかも実体などない。

 

実体の無い所で生きている。それは生かされているだけであって 偶然にもこの世に生まれてきただけの事である。

 

 

 

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冬枯れの木立 夕焼け。私の頭の中は空っぽになってこの世の景色の中に吸い込まれて何処かへ行ってしまう。

 

以前 40代の半ば 私は個展をしたり本を出したりしたせいで何度かインタビューを受けることがあった。「人生を目的を持って生きる」と言うテーマに沿って色々と質問を受けたことがあった。

 

土台 私は目的を持っていないのだ。絵を描いて個展を開いたり モデルのことを先生との共著という形で出版したりする人は 如何にも自分の意志で道を切り拓いてきたのだと思われたのだろう。

 

はっきりとさせておくが 前本利彦と駆け落ちしたのも 先生のモデルになったのも画文集を出したのも 全て私の遺志ではない。偶然なのだ。その都度 偶然と偶然が重なり合った結果であった。私は どうしてもそうしたかった訳ではない。

 

何とも無責任に聞こえるだろうか。私は偶然出会った出来事を自らの 考え得るありとあらゆる方法で全力で切り抜けて来ただけなのだ。勿論 やりたく無いことはしなかった。

私の出会った偶然は 過酷であった。常に四面楚歌であり 誰にどんな非難を受けても甘んじて受けなければならなかった。そうです私のしていることは決して褒められるようなことではございません。といつも自戒した。

しかしながら ではどうすれば良いと言うのか。わが身に起こる偶然 運命 これからから逃げずに孤軍奮闘する事しか私は出来なかった。

 

 

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世間体も何もない。私は何もかも捨てて闘った。そうして難題を乗り越える度 信念が生じた。自分を信じることが出来るようになる。つまり自信がついた。

 

北風に逆らいながら歩くことが 私の波長と同調しそれを心地良いと感じるようになった。

 

然し 今は少し違う。人生の幸せとは 自慢出来るものを持たない事だと思う。自分を信じることは必要だが それは当たり前の事であって自慢すべきこととは違う。今の私は 自慢出来るようなものを 何一つ持っていない。

 

物質 つまり自慢の家 自慢の車 自慢の衣服 自慢の宝石 等々・・・ 又は 内面的なこと つまり 私はまだまだ未熟な人間であり 修行も足りず 絵も下手だ。上手に出来ることは何一つない上 容姿などに至っては衰えるばかりである。自慢の息子や娘がいるわけではない。私は 親兄弟はおろか子も孫も居ない。拾った野良猫と駄犬 年老いて「いつまで絵を描を描いて行けるのかね」と言う貧乏絵描きの夫と細々と暮らしている。

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過去の事は夢の中出来事であり 先の事は全く分からない。今できることに集中して 全力を尽くすしかない。

 

幸せとは 自慢出来るもの 自慢出来ることを持たないこと。淡々と 今出来ることに全力で取り組むことだけを考えていれば良い。人は 自慢できるものに寄りかかって生きる事が好きである。そのために 自慢できるものを求め 手に入れることに懸命になる。しかし それを失った時 寄りかかるものを失い不幸になる。幸せとは真に自立した人になることであると私は思う。何にも寄りかかることのない者を自立した人と言う

 

そして一番大切なのは 過去の事を思い煩ったり 先の事を案じたりしない事である。

現在の事を 懸命にしていればよいのだ。

 

懸命に全力で生きて来て なにもかもそれで良かったのだ と思う事である。

 

 

          いろいろなことに遭遇して 右往左往して

              それで 良かったのだ

           自慢出来る人生でなくてよかったのだ

           自然の景色はそんな私にも 微笑む

            愛犬は そんな私を好いてくれる

            今年も 只々 生きてゆきたい

 

 

 

 

                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           

 

 

 

 

 

第三十八章 「十一月の薔薇」2019・11

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                                                          「十一月の薔薇」8号

 

 

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十一月は昨年同様 暖かい日が続いた。晩秋から初冬の趣に変わるのは月末になってからである。流石に冷え込む日も増えて 隣の家に鹿の一家が朝食に来るようになる。いよいよ冬眠の準備をしているのだろうか。ほっそりとした若鹿はおっとりとして カメラを怖がらない。

 

私の庭にもキツネが来るようになった。薔薇に寒肥をやり 根方を覆う緩衝材を杭で止めるのだが その肥料を食べに来る。固形肥料は油粕や骨粉が入っていて香ばしい。そのにおいに誘われ 鼻先がようやく入る程の柵の隙間から滑り込むらしい。この年になると百本近い株のマルチをするのは大変なことだ。それを片端からひっくり返されて肥料を食べられるのではかなわない。以前にもこんなことがあった。しかし 今年は格別の被害である。来年は柵に細かい網を張ろう。今年はもう仕方がない。肥料がなくなれば来なくなると諦めた。

雨でふやけて発酵した肥料をキツネは食べない。乾いたカリカリがおいしいのだ。雨が続いたのでやれやれと思って朝カーテンを開けると やっぱり緩衝材は剥がされて粉々に食いちぎられている。ブクブクになった肥料は遠くへ飛ばしてある。

 

私は毎日元通りにする。キツネは毎日やってきてめちゃくちゃにして行く。

それを繰り返すうち 私は何だかキツネに親しみを覚えるようになった。

そもそも それがタヌキや野良猫やイノシシではなくキツネであることをどうして知ったかといえば 夜の庭から飛び出してきたそのキツネと私は30㎝程の至近距離でぶつかりそうになった。

月の明るい夜 私は犬を連れてゴミ箱まで行った。その帰りである。犬もキツネも一瞬凍り付いて声も出ない。真っ直ぐに後ろへ伸ばした立派なしっぽは怒った猫のように膨らんで そのまま走り出した。長くふさふさとした尻尾を月光が青く照らした。一度だけ後ろを振り返った後 暗黒の森へ入っていった。孤独で厳粛な獣の威厳と共に 青く光った重たげな尻尾とつぶらな瞳にいじらしさを感じた。

 

庭を片付けながら あのキツネが夜中の薔薇庭でひとりで遊んでいるのを思い描いて嬉しい気持ちになった。キツネにしてみれば只お腹が空いて食べ物をあさりに来ているのかも知れない。雨でふやける前のあの香ばしい美味しい物はもうないのかと探しているのかも知れないし 緩衝材を粉々に引きちぎったり プラスチックの杭を遠くへ飛ばしたりして遊んでいるのかも知れない。雪が積もれば来なくなるのだろうか。私はキツネと話が出来れば良いと思う。

 

 

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      秋はこの様な傘雲がかかることがある。呑気な風景。

 

 

 

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紅葉を描いた絵はどれもお土産の絵葉書の様なのはどうしてだろう。鮮やかさを伝えることに終始して 本当の紅葉の美しさを観ていない。通俗的 私はこれが一番嫌いだ。

俗っぽい物として紅葉を捉えてはならない。八ヶ岳の紅葉は美しい。この様な自然をライトアップして人を呼ぼうとするのはなんと悲しいことであろうか。

 

 

 

 

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 日本画で一番いけないのは やはり俗なことだ。絵はその人そのものだ。俗っぽい絵を描く人はぞくっぽい。

 

絵を見るときは 清潔であるかどうかが大切だ。清潔さの無い絵は まず駄目だ。

心の弱い者は弱い絵を描く これも駄目だ。絵描きは個になれる強さが必要だ。

真剣になれない者は 言い訳がましい絵を描く。

自慢気な者は 得意になって描く。

 

離島で暮らす孤高の画家などもよくない。何処かに世を拗ねたところがある。

 

何かを打ち出してやろうなどといった下心のある者は 一番駄目だ。

 

繊細さとは名ばかりの安い感傷はもっと駄目だ。

 

 

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           絵は 静かにゆっくりと

 


           無心で描くものである

 

 

 

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            ☾  ☾  ☾☾☾

 

 

第三十七章 「昼の月」2019・10

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                                「昼の月」

 

 

 

 

 

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十月に入っても暖かい。こんな年は初めてだ。湿度が高く この辺りには居ない筈の蚊がいる。

赤トンボの群れが舞って 菊が咲き 森の向こうに月が掛かった。

日本画と言えば 月である。ここへ来てすぐ 前本は月を見ながら歩いて左足首をねん挫した。家の周りの道は 凍結した根雪を壊しながら進む除雪車が行ったり来たりするおかげで でこぼこなのだ。しっかりと足元を見ながら歩かなければ危ない。前本の足はなかなか治らなかった。日本画家が月に見とれて足をくじいた。如何にもの話である

しかし 前本は美しい月に見とれたわけではない。「この様な月を どう描くか やはり薄墨と金泥か 下地は摺箔か 胡粉の薄塗りでは表現しきれないだろうか 金泥を俗っぽくならずに使って 墨は青墨より茶墨がいいか 何号位に収まるか 縦長の構図は月並みになるか」などと思案していたに決まっている。

 

絵描きというのは 少なくとも私のよくよく知っている 前本利彦と加山又造に関しては ほぼ同様に 雪 月 花 を愛でるということは一切ない。常に如何に絵にするかという見方をする。冷徹そのものであって 綺麗だ美しいといったものを絵のことを忘れて楽しむ事はない。土台 楽しみといったことには無縁である。

私は 雪月花を心から好きだ。綺麗だ。しかし やはりこの美しさをどう作品にするかという事は常に考える。この私でさえ である。それは長年に渡って 日本画に関わり続けた私の人生が出来上がったと考えている。信念が生じたのである。この信念の基となったのが加山又造かもしれない。  

 

 

 

 

 

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加山先生は秋の生まれである。秋が来ると先生が懐かしくなる。どういった加減かはわからないが 私の人生を大きく左右し 知らずの内に多大な影響をもたらした加山又造若い頃は先生に影響を受けるのが嫌で 反発した。しかし この年になると 受け入れざるを得ない。思いもかけない人物から 思いもかけないものを授けられたというのが正直な所である。

 

先生とは沢山の話をした。私と先生は正反対の性格である。所が実に話が合う部分があった。私はは ケチな事 つまらない事を言う人が嫌いだった。先生も同じようなことを言った。「男女平等なんてこというような女はケチくさくて嫌だね 美意識がないんだよ」。くだらない事 幼稚な事 アカデミックな事が嫌いだった。学校で習う事をうのみにし 疑うことなくそれを励行し そこから一歩も出ることのできない事をアカデミックと言っていた。自らの力でそこから脱し 模索しながら創り上げたものが芸術であることを常に語っていた。

 

嫌なことがあると先生は「全く アカデミックなんだ 無粋なんだ 幼稚なんだよ くだらない」とうんざりした顔で言った。

 

 

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仕事を始める前に先生は「自由にやろう」と京都弁のイントネーションで言い それは私にとって 自分の力で先生に応えられるようになりなさいと言われていると感じた。

先生は若く綺麗な女の人を描く気がしないと常々言った。私にはそれが良く分かった。女が描きたいのではない 面白いモチーフとして使いたいのだ。月や花と同様にそれをどう作品にするかという事が重要なのであって そんな時「私のような美人を綺麗に描いてね」と言った気持ちを振りまく女などはうるさいだけだ。前本も同様であって 私を又は私の何かを描こうと思ったことなど一度もないだろう。では ただの造形でしかないのか というわけでは無い。画家に何かを生じさせるモチーフであることが大切なのだ。月を見た時に画家が それをどの様に自分の作品にしたらよいかと感じるのと同じである。早い話が 絵になる存在であること。

 

 

 

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加山先生は優しそうな人 前本さんは優しそうな人 と度々言われた。確かに優しそうかもしれないが 優しくはない。絵描きは優しくては務まらない。冷徹な人種である。その生涯は壮絶である。凄惨 この言葉を使うのは 過剰であるから嫌なのだが敢えて使わなくてはならない。画家の人生は凄惨である。楽しみではなく 喜びを求める故にである。

 

先生は何の楽しみも楽しまなかった。私が仕事に行くと 鵠沼のアトリエで背中を丸めていつも一人で制作していた。

私は先生がきりの良いところで振り向かれるまで待った。海岸通りのレストランの一番奥の席を予約して二人で夕食を食べる。フォアグラもキャビアも黙ってどんどん食べてデザートのタルトはテイクアウトして夜中に食べた。食事は空腹を満たし 栄養を摂取するための物であって 楽しむものでは無い。早く帰って仕事がしたい。私もそういった類である。前本も同じ様なものだ。食事はそうそうに済ませて仕事がしたいのである。前本も何の楽しみも楽しくない。絵描きは楽しみを求めていない。

 

 

 

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楽してつまらん作品を描いて金儲けしたところで 何にもならない。なんのための人生か と思っている。そういうことを考えていると人生は凄惨 つまり傍から見れば誠に痛々しいものとなる。しかし 真の喜びを得たいのだ。楽しみではなく喜びを求めて生きているのが絵描きというものだ。私は日本画の事だけに終始して 遂に古希を迎える

 

日本画の深淵といったものを知ってしまった以上 この道に邁進するしかないであろう

 

 

 

 

 

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              薄は蘇芳色の時が良い。

 

 

先生との仕事は二十年余りに渡った。次第に先生は体力が衰え スケッチの為の鉛筆を削ることも出来なくなり 私が鵠沼のアトリエを訪ねることもほとんどなくなった。「京都の寺に龍の圓窓を描いたから見においで」と先生から電話があって 夕方 海沿いの134号をボルボで走った。出来たばかりの墨絵の龍の横に二人で座ってお茶を飲んだ。先生は「ずっと綺麗にしててね」と言った。

 

その後一度もお目に掛かることなく 桜の満開になった春の日に訃報を聞いた。

 

 

 

                ❅ ❅ ❅

第三十六章「鳩のいる花々」2019・9

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九月も半ばになった。ようやく秋らしい夕空が見られるようになって 野の花が咲き出した。

 

 

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山に自生する野の花は 笹に阻まれてなかなか育たない。この笹をなんとか撲滅して  原っぱを作り そこに野の花が咲いてくれることを願って 笹を刈り続けた。十年近く経ち ようやく様々な花が咲くようになった。薔薇庭の横の西側に 昔の原っぱに似たような長閑な庭が出来た。

 

 

 

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昔 秋は芸術の秋であり 読書の秋であった。今でもそのようなことを言うのだろうか 忘れられた言葉のように思える。どちらにしても 文化の香りは失せてしまった。私はもう何年もここから離れたことは無く 電車に乗ることもなくなった。以前用事で行った新宿駅のことを思うと まっぴらだと思うのだ。駅に降り立った私を 目立ちたい 褒められたい 得したい あわよくば儲けたい 着たい 食べたい モノが欲しい という欲望の大合唱が取り囲んだ。私は既に都会には居られない人になった と思った。

早く山の見える家に帰りたかった。

 

 

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それにしてもどうして文化の香りがしないのか。経済を発展させるために文化を切り捨てたのだ。声を失っても人間になりたかった人魚姫のように 日本がどうしても手に入れたかったのは経済大国だったのか。人間はそんなに単純な生き物ではない。一見飯のタネにはならないような文化といったものを切り捨てれば 必ず精神に支障をきたすのは解りきったことなのだ。食欲と物欲を満たす事に終始すれば 虚しい気持ちは募るばかりであろう。人間の空虚を満たすのは 自然と芸術である。

 

漫画やアニメ イラストのような絵ばかりの現代の美術に これ程深い虚しさを癒す力はない。漫画やアニメが悪いといっているのでなない。それぞれにその特性と役割があり それぞれは違う分野のものなのだ。それを混同しては それぞれが意味を失う

 

 

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現代に文化と言うべきものがあるとすれば それは大手広告代理店のでっち上げたものである。金儲けの目的で作られただけの文化に 人々は知らずの内に染まってゆく。

マスコミに美術評論家 大学教授 美術館のキューレーター 全てお金を儲ける為に奔走する。私にはどうする事も出来ないが その噓を見抜くことはできる。本当に芸術を宝と思って大切にしているとは決して思えない噓を見抜き 自分だけはそのいい加減な風潮に翻弄されないよう せいぜい教養を積んで精進するしかない。

 

 

 

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日本画に必要なのは洗練された人生を歩んで行こうとする作家の意志である。では洗練された人生とは如何なるものか。

 

人生の困難に直面し 自らの知恵と教養でそれを克服した時 その人の人生は洗練される。人生とは 常に苦渋に満ちている。どの様な人の人生も同様である。何とか苦労しないで楽に生きたいと思っても それは絶対に叶わぬ。苦しい 悲しい寂しいと感じる事があるのは当然だが そこから逃げていては人生はちっとも良くならない。むしろもっと虚しく どうしようもなくつまらない人生を送ることになるだろう。

大切なのは自分の力で困難を乗り切ること 他から「元気を貰おう」などと考えないことである。何かを貰おうとするのはさもしいことだ。元気を貰おうといった流行り言葉を大人が使うものでは無い。

勿論 助けてくれる人や物事はある。しかし最初からそれを求めないことである。

積極的に困難に立ち向かう姿勢を先ずは取るべきなのだ。

 

困難は人生の余計なものを洗い 練り上げる。こうして人生は洗練されるのである。

表面的でつまらない文化などが寄り付かない 強固な自己 それは幾度となく洗い 練り上げてきた人生を過ごした者だけが持つことが出来るものである。それはしめやかな菊の香に似て しんみりとそこはかとなく そして真の強さを持った 美しさであろう

 

 

 

 

 

                 🦋   

 

            

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十五章 「卓上の夏」 2019・8

 

 

 

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                                                                                                  「卓上の夏」 10号F

 

 

 

 

 



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ほうずき市が過ぎ 七月も終わろうとする頃 ようやく梅雨が明けた。駅までの道すがら 夏の花が賑やかに咲く。色とりどりの立葵がトウモロコシ畑の横に所狭しと植えられて陽を浴びる。勢いを増した畑の作物と 無造作にゴテゴテと植えられた花々。それは綺麗な花というよりは生命そのものであって見る者の眼ではなく 心の奥深くに訴えかける力を持っている。ここへ来たばかりの頃 私はまだ都会人でその田舎臭く野暮ったい色合いに驚いた。しかし 今はそんな自分の浅はかな愚かさをはっきりと認識できるようになった。都会の花屋の洗練された花が蒼褪めて見える。

夏の夕刻はゆったりと流れる。ユッカ蘭とキンセンカを手に 黒いリボンの麦藁帽の農夫が曲がった腰でゆっくりと畑から帰る姿にわたしの眼は釘付けになる。

厳然とした実のある寡黙な横顔 永い年月を自然を相手に 泥だらけになって生きてきた男の重みが私を打つ。ぺらぺら喋る都会の男が途端に色褪せる。

ここへ来て9年目になった。私は既に都会の人では無くなった。「アート」などと云う都会のいい加減な言葉を聞くと心から嫌気がさす。前本はアートとは 人をアット言わせるだけのものだと言う。ああ くだらない くだらないにも程がある。

 

「新しいアート」などとなると最低ではないか。真に優れたものを目指すことなく 新しいことばかりを追う今の美術は 私にとっては史上最低である。新しいと言っても 結局は目新しいだけである。際物。新しいことと目新しいことの違いをきちんと認識しなくてはならない。真の新しさは常に自分の中にあって 前進する自分の事である。人に見せる為のものではない。人をアッと言わせたり 思いつく限りの目新しいものを描いたり 作ったりしたところで全く意味を無さないとは思わないか。結局は目に見える範囲のものでしかない。芸術は目に見えない精神の深さを具現化するものである。芸術は真理を探究するものである。

 

前本は「この絵は何を描こうとしたのか」と聞かれることを常々嫌がっている。テレビの美術番組も 作品にどんなことが描いてあるのかばかりを話題にする。絵を見るときは何が描かれているのかではなく どう描いてあるかを観なくてはならない。

 

どの様な作品が優れているのか。それを見分けるのは簡単な事だ。一生見続けても飽きない作品が優れた作品なのだ。飽きるばかりか 見れば見るほどその良さは増し 日々新たに心深く迫ってくる。絵だけではない どの様なものでも優れたものというのは どれ程永く傍にあっても飽きることなく その良さは増すばかりであり 愛着が深まるものである。

アートなどは一度見れば十分である。ましてやそれを自分の傍に置こうなどとはゆめゆめ思わぬ。一度見れば飽き飽きするものを そうやすやすと持ち上げるなと言いたい。

そして良い絵とは 実に淡々としてつまらぬ工夫の跡など微塵もないものである。これ見よがしな表現や技巧 てらいのない作品は平明である。一見何の工夫もなく さらっと簡単に描いたように見えるものだ。その表面だけを見て こんな絵なら自分でも描けると とんでもないことを思ってしまうような作品が 実は超優秀な作品である。簡単に描いたように見える名作は 何年もかけて写生し続けたモチーフから 数知れぬ小下図を作って推敲した挙句ようやく本画に取り掛かり 薄い絵の具を幾重にもかけて制作される。途方もない歳月と画家の崇高な精神性 深い洞察と真理に迫る力のこもった作品は表面だけしか見えない者には理解出来ない。何が描かれているかなどというような安いストーリーでは決してない。美そのものであって それはこころの極めて奥深くに迫ってくる。 

画家は常にそこを目指してはいるのだが誰も 到達することはできない。

あの土牛をして「どこまで大きく未完で終われるか」と言わしめる所以である。

御舟は「靫彦の絵を弱いというものは心が荒れている」と言った。大半の現代人は心が荒れている。ではどうしたらよいか。先ずはインスタ映えだのいいね!だのといった幼稚なことを大人はやめるべきである。他にもっとしなくてはならないことがあるはずだ。

 

  

 

 

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さて この夏前本は近くの蓮池へ通って蓮の花を描いた。 

この土地は縄文時代からあまり変わっていないのかも知れない。縄文時代の土器などが多く出土するこの辺りは 日照時間が長く災害も少ない上黒曜石が採れる。冬は寒いが狩りに必要な矢尻にする石があることは何よりだったに違いない。

長野と山梨の県境 信濃境に井戸尻考古館がある。中央線の信濃境駅は小淵沢からたった4分で 駅から考古館までは歩いて15分である。家から車で行っても20分ほどだからとても近い。ここに素朴な蓮池があって 前本は何度かスケッチに通った。考古館は土器などを並べただけの 黴臭いような古色蒼然としたところで訪れる人は殆どいない。蓮池も可愛いカエルが沢山いる田圃のような池で こちらも誰もいないことが殆どで前本がスケッチをするには格好の場所である。 

山梨側から長野に向かい 甲州街道に出る少し手前を右折すると 名もない山々が延々と続く。人も車もいない畑の中の一本道は今だに縄文時代なのだ。音の無い真夏の中を車で走るのはなんと開放的な事だろう。

 

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考古館の入口には看板も案内図もない。手前の斜面を少し下るといくつかの蓮池がある。右下に見えるのが蓮池だ

 

 

 

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お盆前に咲いた蓮の花を描き終えて 前本はへとへとに疲れて帰って来る。でも又明日も行くと云う。炎天下で数時間写生が出来るのは今のうちかもしれない。

 

 

 

 

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前本が蓮を描きに行っている間 私は庭で愉しい時を過ごす。真夏の庭は最高だ。 

男郎花が咲くと アサギマダラが食事に来る。気流に乗ってゆったりと飛んでくるこの蝶は美しく おっとりとした食事の様子は特に微笑ましい。長い時は半日以上同じ花に止まっている。どんなに近づいても飛び立つことは無い。夏を一緒に過ごせるのはとても嬉しい。意地悪な豹柄のヒョウモンチョウに追いやられるのは気の毒だ。品の無い大嫌いなヒョウモンチョウ

 

 

 

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朝霧の中で白百合が咲いて私の夏はもうすぐ終わろうとしている。短い夏。お盆が過ぎれば蝉が鳴かなくなり 朝夕の風は秋の始まりを告げる。

 

 

 

 

 

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第三十四章 「あじさい公園から」2019・7

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                                                                   あじさい公園から」 15号F 

 

 

 

 

 

 

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ことしは6月7日に梅雨入りした。このひと月ほどの間 晴れた日は数日で 霧は昼夜を問わず森を覆い 墨絵の中に居るようだ。寒い。そんな陽気でも山の花々は鮮やかな姿をみせてくれる。しもつけそうとオダマキの 小雨の中で見せる淡いコントラスト。日本の国はこんな所だといって良い。ここへ烏揚羽が飛んで来れば 日本画になる。前本は上手く描くだろう。私の薔薇を見てもなんら興味を示さない前本は 「やっぱり薔薇は外国の色だ」と言う。私はそんな事は無いと思うが 言っても仕方ない。私は薔薇を日本画で描く事が出来る。黙ってはいるが 心の中ではそう言う。薔薇は私にとってかけがえのない家族である。長い年月を共に暮らした。葉山から一緒にこの地へ移った。初めて私のもとへ来た時のこと 病気になった時のこと 枯れそうになって復活した時の喜びを どの木の事も覚えている。今では大きな樹になって毎年花を咲かせ 新しい葉を茂らせ 毎日を共に暮らしている。そんな薔薇たちを私は描けない訳がない。

 

 

 

 

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多摩美へ入って 初めて耳にした印象的な言葉がある。「観念的」。教授達はのべつ幕無しにそう言った。高校を卒業して間もない私にとって それまでの人生で聞いたことも使った事もない言葉であった。それは日常生活では必要のない言葉である。「この子の絵は観念的過ぎる」「観念的なデッサンをするな」「観念的な構図」「観念的な発想」「観念的なフォルム」「観念先行型の作品」「観念第一の都会のインテリ」「観念的空想」最後には何が何だか判らなくなるくらい観念的を連発する。そのうち私はそれがよくよく解るようになった。絵を描く時に 観念は罪悪だとまで思う様になった。

「観念的 要するに頭でっかちなんだ」「人間の頭で考えられる範囲など大した事では無いと思いなさい」批評会で三人の教授達の言った言葉は身に染みた。 

 

 

 

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頭の中でだけ考えて描いた絵はつまらない。写真を見て描いた絵もつまらない。絵はそれ程薄っぺらなものでも 安っぽいものでも無い。上っ面だけを写す写実の何とも味気なく 虚しいことか。写生というのは 生を写すものである。


  

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つくりごとに満ち溢れた世の中 虚偽。自然は嘘をつかない。自然界に虚偽というものは存在しない。この花がいつ私に嘘をついたと言うのだ。私はそんな花達に噓をつくことは出来ない。誠実に付き合ってゆきたいのだ。その事で私は救われる。

 

 

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普遍的な美しさを追い求めたい。いつどんな時代にも 誰もが感じることの出来る美を見つける為に生きている。それを教えてくれるのは自然だけである。観念を捨て自然にひれ伏し 謙虚にそれを見尽くしたい。子規のように。

 

 

 

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   テラスに薔薇たちを飾る 私の夏が始まる。私は心からあなた達が好きだ。

 

 

 

 

 

 

                 ☆彡