第九章 「早春の窓辺」
「早春の窓辺」 8F
二月は雪の降る日が多い。北海道育ちの前本は雪の上でも アイスバーンでも平気で歩く。私はこのひと月程は 玄関の前の道へ出るのが精一杯だ。 勿論車の運転などもってのほかである。
庭にご飯を食べにくる鹿達をながめたり つららの成長を楽しみに過ごしていた。
雪に閉じ込められてどこにもゆけないのは悪くない。静かで綺麗だ。ストーブの燃える音 湯たんぽで温めた寝床 なんという安息。そして何より嬉しい事に ゆっくりと画集を見る落ち着いた時間がある。幼い頃 応接間に絵本を持って忍び込み 一人で表紙を開く時とそっくり同じだ。これから私の前にこれ以上無いほど美しい世界が展開するのだ。美術館へ足を踏み入れる時 教会の荘厳な世界へ入ってゆくのと同じ気持ちになる。画集を開く時もそれに似た神聖な救いを感じる。何もかも忘れる。
素晴らしい音楽 素晴らしい絵画 芸術の力の偉大さ。古今東西の優れた芸術家の作品 それは作家の願いの結集である。願う事で芸術は生まれる。美を創りたいとただそれだけを願った作家の純粋な思いの結集。敬愛してやまない作家達。作品。
早春の花 椿の名作 重く 深く 素晴らしく 美しく 普遍の美が確かに存在している嬉しさ 言葉を失い 息を呑むばかりである。
そして最後に恩師 加山又造の椿 これらは 本画ではない 墨の使い方を
教えて下さる為にお描き下さった
紅い椿と白い椿
葉と枝の質感の違いを捉える事 椿の葉の特徴 可愛い芽の感じ など
白玉椿の侘びた趣きを捉えること これから少しずつ開いてゆく
花びらの気配を描くこと 柔らかい乳白色の花を 墨で表現するには
どうしたらいいのか まず全てを よくよく見ること どう見たかを
正直に描くこと どう描きたいのか 願うこと
その願いを叶える為に 力を尽くしなさい
もしくは セザンヌ マティス ゴッホが教授で モディリアーニ
クレー が助教授 とにかく物凄い事である。
春は名のみというけれど 空はずいぶん春めいて やはらかな雲に向かった枝先は
ほんのりと紅が差してきた。
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