第七章 「玉蔵院の庭」
80号変形 1985年制作
新しい年になった。「絵描きに盆暮正月なし」と言われる。知っている限り、それは
本当だ。よく知っている絵描きは加山先生と前本の二人だが、盆暮正月は確かにない。
家にいれば画室以外に居場所はないし、画室にはやらなければならない事はいくらでもある。絵を描く以外にこれといった趣味もなく、活動的なわけでもないのだからいつでも画室で何かしている。
葉山に住んでいた時は、元日は二人で初詣に行った。前本が進んで行くほど好もしいお寺がすぐ近くにあったのだ。八ヶ岳には初詣に行きたい所が見つからず、今年の元日も朝食を済ますと画室の掃除をしていつもの通り絵を描いていた。
葉山の家から海へ出る道の中ほどに、「玉蔵院」と言うお寺があった。
ひっそりと小ざっぱりしたお寺である。秋風が立って静かになった海を見てしばらく過ごした帰り道、玉蔵院に寄るのが楽しみだった。いつでも誰も居なかった。手入れの行き届いた境内に六体のお地蔵様が並んだ質素な小屋がある。
お正月には、お供え餅や千両が飾られ、紅色のケープを着て美しかった。
その玉蔵院に、見事な梅の古木があって、前本はその静謐な趣きに惹かれしばらく通ってスケッチした。それを作品にして 「玉蔵院の庭」として発表した。この作品には次のようなコメントが添えられている。
『玉蔵院の庭』
家から歩いて十分程のところに、玉蔵院にという寺がある。
その庭に朽ちかけた老梅がある。簡素な庭に梅のまわりだけ静謐な色香が漂う。
老いてなお艶と呼ぶべきものありや
花ははじめもおわりもよろし
新聞で読んだのだが誰のうたか忘れてしまった。うただけを記憶している。
前本利彦
今年のお正月は暖かく穏やかで、雪もなく雪かきの苦労が無かった。その後は次第に冬らしくなり、成人の日あたりから朝起きるとマイナス八度という日もあり、庭は雪に覆われている。そんな庭にも梅の蕾が元気にふくらんで、ツヤツヤした枝に沢山並んで何とも言えず可愛らしい。花は寒さに合わないと美しく咲かないと言う。
人生も同じかも知れない。
さて、新年を迎え嬉しい事があった。原画の制作から一年近くかかって黒猫の版画二種類が完成した。おめでたい金銀の黒猫が幸運を運んで来ますよう。
BLACK CAT / SILVER
Lithograph Maemoto Toshihiko 2017.1. Edition
BLACK CAT/GOLD
版画のたのしみ
前本利彦
版画は、複数の同じ図柄を作ることが出来るのが特徴です。
西洋では、銅版画、石版画(リトグラフ)が主ですが銅版画の中でも、エッチング、ドライポイント、メゾチント、アクアチント、などいろいろな技法があります。日本では浮世絵で知られるように、木版画が主流でした。これらは印刷の原点です。現在は印刷技術が発達し、写真の技術と相まって、情報伝達社会を牽引する一つになりました。そのような進んだ?社会にあって、なぜ昔ながらの版画が現在も芸術という形で残っているのか。それは、端的に言って美しいからです。人々の心の中に深く浸透するものがあるからです。
版画を作るには、描き手も手間がかかり、技術も必要ですが、刷り師(刷りを専門に扱う人)も手間がかかり、高度な技術が必要です。
現在はデジタルプリントに代表されるように、機械作業がほとんどです。それはそれなりのものが出来ますが、人間は不思議なもので、手作業でなければ出来ないものを求める感性があります。もともと人間の持つ美意識は、自然によって育まれて来たものです。手作業が、より自然に近い感性を生むと言う事でしょうか。
今度、私は版画を二種類作りました。私は日本画が専門なので、日本画で原画を描き、それを版画工房に頼んで版画にしてもらう方法です。Kawalabo!と言う版画工房にお願いしていますが、版画は、一人で作る絵画作品と違い、刷り師さんと共同作業です。原画に”刷る”と言う作業を加える事で、原画とは別の作品が生まれます。しかも何枚も出来ます。
私は刷り師さんを信頼しているので、刷る前に概略は話したりしますが、あまり口出しはしません。
版画として出来た作品は、独立した美術作品と考えています。私の‶想い”に刷り師さんの”想い”が加わり、生まれ変わった作品を見るのは楽しいことです。原画を描く時に煩悶した混沌を、版画にする事で、刷り師さんの個性が加わり、客観視され、整理され、また新たにして提示されたような気持ちになります。これは、なかなか愉快です。
そんな事で版画を作っていますが、出来た作品っが皆さんの気持ちに触れる事を願っています。
今年のKawalabo!の年賀状に、Keep Calm and Carry on Printing!と刷られていました。
共同作業はこれからもまだ続きます。
2017・1・8
色鉛筆画・「牡丹」
近日中に、色鉛筆画の教室を開設いたします。日本画の素描には、色鉛筆で着彩する事が多いのです。水も必要なく、軽便なうえ、色を重ねることによって微妙なニュアンスを出すことも可能です。場所は ジャズの生演奏とお料理を楽しめる「ONE NOTE」です。新宿の世界堂から歩いて三分の素晴らしいところです。どうぞお楽しみに!
色鉛筆画・「バラ」
🎵 ONE NOTE 美術クラブ 🎵
♫ 色鉛筆画の教室 🎵 ONEN NOTE美術クラブ 🎵についてのお知らせは
日本画の杜 第八章 「ONE NOTE美術クラブ」でご覧ください。
色鉛筆画 「百合と人形」
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