第十四章 素描 「朝顔」 2017・7・8

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                                                                                                   素描 「朝顔 青」

 

 

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                               素描 「朝顔 桃」

 

 

 

   朝顔の咲かない夏だった。前本の朝顔 夏の花々の素描で夏を偲ぶ。

 

 薔薇が終わり 夏の花壇を楽しみにしていた私達は思わぬ夏を迎えることになった。梅雨明け宣言の三日後  七月二十二日 立木も割れんばかりの雷に心踊った。いよいよ夏が来る。私達の一番好きな季節だ。・・・夏の朝 夏の午後 夏の夕 夏の宵・・・夏はすべてが良い。そういえば 天気予報が「宵の口」と言わなくなってしまった。 日本は大切な文化を失ったと思う。

「夜の初め頃」と言っている。 宵の口とは昼と夜の合間に出来る極めて曖昧な時間であり 夜の初めでも昼の終わりでもない。

 この曖昧な 現実味を失った空間こそが日本人独特の文化を造って来たと言えよう。この曖昧さを宵という美しい言葉で完璧に表現した日本人独特の優れた感性は今でも失われては居ない筈である。

 しかし 言葉を失ってしまえば心の奥には存在しても 外へ出して表現することは出来ない。

 日本画はこの宵のようなものを表現してきた絵画であり文化である。宵の口がなくなれば 日本画はさらに人々から遠くなる。

 

 雷は夏の始まりを知らせるものではなかった。空梅雨を挽回すべく沢山の雨を連れて来たことを告げる雷鳴だった。   

         

 

 

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 七月と八月の間に晴れた日はほんの数日で 木々も夏草も霧に覆われ何もかもが湿潤な空の下でじっと動かなかった。

 

 

 

 

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                          素描 「百合」

 

 

 

こんな時私は部屋の机に夏の花を飾り 一緒に過ごす。霧の中に咲いた百合 向日葵

ダリア 

 

 

 

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 私は花の写生が大好きで いくら時間があっても足りない。次々と咲く花を追いかけて 結局二月近くスケッチを続けた。

 

 

 

 

 

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 この様に美しいものを写すのは それは大変なことである。楽しいといったことでは到底ない。毎日毎日姿を変え 描き切る事の出来ないうちに枯れてしまう花をじっくりと しかも時間と闘いながらスケッチするのは 持てる総力を余すところなく用いなくてはならない 

 

 私がスケッチらしきことを初めてした時のことをよく覚えている。それまでは想像で描いていたものを 見て写した時の喜びが忘れられない。小学校の低学年だった。お誕生日に友達から贈られた小さなスケッチブックに 庭の松を描いてみた。我ながらよく出来てしまって有頂天だった。それ以来 ぬいぐるみのスケッチ 花のスケッチと身の回りのものを片っぱしから描いた。小学校の絵の先生からも 親切に教わった。いつもチャペルの祭壇に飾られていた三本の白百合の美しさは 幼い私の心に深く残って これを描きたいと先生に話すと次の授業には百合が三本用意されていた。

この時の嬉しさは今も忘れない。

 

 それまで自己流で描いていた私が初めて絵を習いに行ったのは 高校三年になって美大を受験する為だった。受験用のデッサンを教わる為に通った画塾で先生は 事あるごとに 立体感 遠近感 ムーブマンと言い しきりと受験の為のデッサンを教えて下さった。こんなつまらない絵を描くのはもう嫌だ 美大なんか落ちたって構わない。実技の試験の日 受験の事は忘れて好きなように描こうと決めた。 私は美大に合格した。分からないものである。先生は受験は水物だなあと言って笑った。

 

 

 

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 私のスケッチが飛躍的に向上したのは 加山先生に日本画の写生について教わった二十代後半である。当時 カサブランカという大きな百合が流行っていて私はこの大ぶりな白百合に魅せられていた。何とかこの花を日本画で描いてみたいと言う私に先生は まずは習字を教えるからこれを習いなさいと般若心経をお手本に書いて下さった。

 

 多摩美に入学したものの二年生の後半には大学紛争でロックアウトされ 学校は一年以上再開されなかった。私は大学では何も勉強しなかった。

再び日本画を描こうと願った私に 親身になって日本画の何たるかを根気よく教えて下さった加山先生は真の恩師である。

 

 習字については又改めて書かなくてはならないが きちんと筆の持てない私達の世代にはまず習字だった。墨の刷り方 筆の選び方 和紙の種類 と 「あんたはホンマに日本人かいな」と言いながら「えらいこっちゃ」を連発し ある危機感を持って伝授して下さった。

 

 大学では「自由におやり」と言っていらした先生が 実に古典的で伝統に沿った日本画の考え方と技術を厳格に教えて下さった。ある時そのことをどうして?と聞く私に先生は 大学では日本画を描きたいから教えてくれと僕に願い出た子は一人も居なかったからとおっしゃった。「入試に合格して 漫然と大学に来てさえいれば自動的に日本画が描けるようになると思っているような者に僕の大切にしていることを伝える気にはならなかった。」 

 

 当時私の人生は迷路に迷い込んでいた。のこされた道と言ったら日本画しかなかった。日本画を学ぼうと志を立てたのに このままでは私の人生は何もないまま終わってしまう。自分の力をすべて使い果たして死にたいと加山先生にお願いした。

 

それを先生は察して下さったのだろうか。あの時先生の教えて下さった事全てが今の私を生かしている。

 

 

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 それにしても 日本人は何故簡単に自国の文化を捨て去ってしまうのか。小学校の絵の時間に習ったのは 決して日本画の考え方ではない。教えて下さった先生は皆油絵を勉強していた。好きなようにのびのび描くようにと言われた。個性的な作品や 独創性を求められた。

 

 加山先生は 「自由というものは 物凄く狭い門をやっとくぐり抜けて得るものであって その狭い門に辿り着く迄には 長い精進が必要だ。」いつも言っていらした。

何も教わって居ない子供にいきなり自由に 描けと言うのは間違いだ。

 

 

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                            素描 「半夏生

 

 

 加山先生に教わった日本画の素描は 大変面白かった。日本画では 私の嫌いな立体感や遠近感といった現実的な事を求めなかった。洋画は光と影で対象を捉える。日本画は心眼で捉えるから光は関係ない。影を付けるのではなく 隈を付ける。隈とは心理的なもの。と先生はおっしゃった。日本の文化は平面の文化で 着物も屏風も畳めば平面になる。日本人の顔も体も平面なのだ。彫りの深い外国の文化を取り入れて真似してもあまり意味が無い。文化はその土地の全てから長い年月をかけて発生した自然と同様のものなのだから。私は先生の言葉を乾いた砂のように吸収した。

 

 

 

 

 

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 それから今迄 私は繰り返し花を描く。神田の本屋で見つけた 土牛の素描集を傍らに置いて 土牛の 「花の気持ちを描く」と言う言葉を考えながら描く。この言葉の真意は未だ定かではない。花の気持ちを描けるようになるのだろうか。

 

 

 

 

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         長雨の前 海の日に私の庭を訪れた浅黄斑

 

 今年の夏は沢山のスケッチをした。私はどんな事より絵を描く事が好きだ。それは絵が一番大変で あらゆる能力を要求して来るからであり 全力で臨むことが私自身を励まし 極上の 深い 真の喜びを与えてくれるからである。

 

 

 

 

 

 

                  🌻