第二十七章 「普賢菩薩」

f:id:nihonganomori:20181127110059j:plain

                         普賢菩薩」(47×47)

 

 

多忙極まる日々が続き 二ヶ月以上ブログを書くことが出来なかった。季節は晩秋から初冬になった。夏も好きだが 初冬は格別だ。私は コートを来て外に出るのが大好きだ。それは オーヴァーコートと言っていたコートでなくてはならない。老若男女 オーヴァーを着た人が私は好きだ。オーヴァーにはその人の人生がある。

 

現代的なコートにはそれがない。大嫌いな なんというのか色付きビニール袋みたいなのに綿が入ってキルティングしてある短いコートを着た人ばかりで人生など微塵も感じられない。

結局 今は合理主義が台頭している 唯々それだけのつまらない時代だという事か。

 日本画にとって合理主義は 敵である。私は合理主義が嫌いだ。

 

 

f:id:nihonganomori:20181127112439j:plain

 

この様な森の中を 軽便なコートで歩くことを私の美意識は許さない。しかし今年の秋は 誠に多忙であった。ゆっくりと森を歩くことは出来なかった。

思えば私の人生は一言で言って 多忙であった。

 

それは小学生の時からであろうか。やらなくてはならない事に追われ いつも大きな鞄を引きずるようにして歩いていた。先生は「何が入っているの」と笑っていた。それは作りかけのぬいぐるみやスケッチブック 洋服の型紙 色鉛筆等 中学生になるとカメラ 印画紙まで加わった。結局 勉強以外の事で忙しかっただけなのだ。それにしても忙しかった。大学に入り 前本と暮らすようになり 絵画教室を開き 加山先生の仕事をした。

 

不思議な事に自分が何に成りたいとはっきりと決めてそれに向かって一途に邁進した事はない。私の目の前には 常に「これをおやり」と神様が空から投げ落とした課題があった。私はそれに全力で取り組んできただけなのだ。それが積み重なって今の私が出来ているのだけなのだ。

 

今の私の仕事と言えば 「絵描きの妻」である。この仕事がなかなか大変だ。神様のおっしゃる通り全力で仕事に向かっているのだが 本当に奥の深い仕事である。

 

 

 

f:id:nihonganomori:20181020202302j:plain

 

 

私はいつも忙しく ゆっくり景色をみる事がない。窓から見える空と樹々 遠くに望む連山もちらとしか見られない。だからこそ しっかりと見る事にしている。心に深くとどめる。頭と心と全身にこの美しさが染み込むように。加山先生の言葉を思い出す。「がっちり見なさい」「分厚くなくては意味ない」 絵を描く上で必要なのは分厚い知性 分厚い美意識 分厚い観察眼 分厚い洞察力 分厚い情感 分厚い想像 分厚い創造力・・・・・・・分厚いとはどういう事か考えなさい といつも言われた。

 

f:id:nihonganomori:20181127123007j:plain

 

私達の家はこの道を登った所だ。道を見るとこれまでの人生が思われる。そしてこれから 道の先には何があるのだろうか。「絵描きの妻」となって五十年経つ…常に先の事は何一つ分からなかった。主人の仕事を問われて 絵描きと答えると決まってこう言われる 「素敵なお仕事ね」と。定収入も定年も無い日々 どうなってゆくのか分からない絵描きの行末。生涯働き続けること。私は 次に神様がなんとおっしゃるのか分からないまま毎日全力で生きている。素敵と言う言葉を使うのは オーヴァーまでにしたいものだ。

 

私は大好きなオーヴァーを持っている。それを着て 森を歩く時が来るのはいつだろう来年は70歳になる。私は90歳まで生きて その内の10年は 絵を描く事に決めている。神様にお願いしたいのはそれだけだ。

 

f:id:nihonganomori:20181127125213j:plain

 

 

冒頭の仏画は 前本がお寺の天井画として描いたものだ。若描きであるから本人も納得しては居ないと思うが 前本らしいと私は思う。前本は毎朝お経をあげる。絵描きに出来ることは無心で祈ることしかないのである。

 

 

f:id:nihonganomori:20181127125742j:plain

 

 

 

 

 

 

                    🌳