第三十二章 「マリエッタストロッチの彫刻」2019・5

「マリエッタストロッチの彫刻」 五月も十日が過ぎてようやく桜が咲いた。 「庭に菫が咲くのも」西脇順三郎の詩が思い浮かぶ季節になった。白いレースの装丁が好もしい 懐かしい詩集。詩歌や和歌は 心に情緒を纏った前本のような人のためのものだ。情緒纏綿…

第三十一章 「文鳥と桜」2019・4

「文鳥と桜」 四月に入って雪が二回降った。半ばを過ぎても 朝から小雪混じりの寒風が吹く日があり 日陰の残雪は未だに消えない。桜は連休中には咲くのだろうか。 四月というのはいつもめちゃくちゃだ。夏の様になったり 雪が積もったりする。毎年のことなの…

第三十章 「パンジーと白猫」 2019・3

「パンジーと白猫」 家々の玄関先にパンジーの寄せ植えが並ぶ 都会の早春を思い出す。八ヶ岳では 三月に入ってから寒い日が続いている。パンジーなど何処にも見当たらない。梅も桜も固い蕾をつけたまま じっと黙り込んでいる。 パンジーは三色菫で ワインは…

第二十九章 「甲斐駒三月」 2019・2・18

「甲斐駒三月」 今年の冬は特別である。雪の無いお正月 雪の無い二月 雨も降らない。道は乾いて風で土埃が舞い上がる。春先の景色。 一月の半ばにみぞれが一度降ったきりで それもすぐに乾いてしまった。氷点下十度以下になるはずの二月に入っても春のような…

第二十八章 「静日」 2018・12・25

「静日」 91.0×72.7 前本の作品集は貸出中である為 今回は私の作品である。残り僅かとなった2018年は戌年である。私は人間の友達より 犬の友達の方がはるかに多い。この絵のチャイという犬とは格別長い付き合いであった。私の人生のなかでも一番波乱に満ちた…

第二十七章 「普賢菩薩」

「普賢菩薩」(47×47) 多忙極まる日々が続き 二ヶ月以上ブログを書くことが出来なかった。季節は晩秋から初冬になった。夏も好きだが 初冬は格別だ。私は コートを来て外に出るのが大好きだ。それは オーヴァーコートと言っていたコートでなくてはならない…

第二十六章 「猫と牡丹」 2018・9

「猫と牡丹」20号 暑かった今年の夏はあっけなく終わった。九月に入ると雨ばかりで気温も低くなり 台風が来ては去り又来ては去り 十五夜も雨だった。富士山の初冠雪は昨年より27日も早く ストーブを点ける日が多くなった。 今の時期に猫と牡丹でもないのだが…

第二十五章 2018・8 「秋野」

10号変 「秋野」 八月も終わりに近づいた。例年ならお盆を過ぎると朝晩の気温が下がり 秋が始まる。短い夏が終わったと寂しく思うのだが 今年はまだ夏である。このブログを書き上げるのは九月になるだろうから 夏の百合と秋草が描かれた前本の作品を冒頭に掲…

第二十四章 「沙羅」 2018・7

円窓「沙羅」 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす 沙羅 夏椿とも言う。何故か心惹かれるこの花が咲いて 夏が来た事を知る。小さな花で あっさりと散ってしまう。平家物語の冒頭の一節に相応しい趣き深い 静かな木…

第二十三章 「薔薇」 2018・6

「薔薇」 4号 沢山の蕾が見え始めた。私の薔薇は一年に一度しか咲かない。四季咲きはここでは育たない。年に三度程咲くイングリッシュローズも一度しか咲かない。それが自然というものではないのか。それで充分なのだ。人間は 何とか一年中薔薇を飾りたいと…

日本画の杜 第二十二章 「黒猫」

前本利彦 「黒猫」12号 五月に入り 森は緑に変った。冬枯れの木立に小さな芽が吹いているのを見つけた。 それから三日で樹々は新しい緑に覆われ 森は萌え立つ。目を見張るばかりの自然の妙である。山躑躅が咲いた。山吹も咲いた。夏のような日があったり 長…

日本画の杜 第二十一章 「誘蝶花」

誘蝶花 四月になった。小雪が降ったり 初夏のように暑かったり 目まぐるしく変わる陽気とともに春が来た。今は四月の半ばであるが この森の桜は満開で 梅も満開で 窓の外は賑やかになった。キビタキやアカゲラが朝の食事にやって来る。鶯は四月三日に啼いた…

日本画の杜 第二十章 「八千草屏風」 2018・3

「八千草屏風」四曲一双 部分 箱根芦ノ湖「成川美術館」が開館三十周年を迎えた。館主の成川さんとも三十年来お付き合いをさせて頂いた事になる。本当に長い間 お世話になった。成川美術館に収蔵されている前本の作品は百点以上になるだろう。 始めて成川さ…

日本画の杜 第十九章 「雪の季節」 2018・2

午後から「雪」の予報。雪の降る前 空は柔らかく澄んで ふんわりとする。ほんの一瞬の美。 雪雲が近付いている 氷柱のある窓辺 雪の降る季節 真っ白な光に包まれた 音の無い 大きな繭になる。 繭の中で私は昨年の素描を見直す。 昔 加山先生がこの頃の学生は…

第十八章 「前本利彦の人物画 No.2 」 2018.1

新年の八ヶ岳は例年より遥かに寒かった。よく晴れた日は寒さが一段と厳しい。スカートしか持っていない私がついにズボンで過ごさなくては居られなくなった。不本意極まりないが背に腹は代えられぬ。どなたにもご覧にいれたくない姿で新しい年を迎えた。 猫の…

第十七章 「前本利彦の人物画  No.1」2017・12

「春」屛風四曲一双 1993年 「装う女」 屛風四曲一双 1993年 いつかは前本の人物画について書かなければならないと思っていた。あまりにも大きなテーマであるのと 満足な作品写真が手元に無い事が私の決心を鈍らせていた。 今年の冬は例年になく寒い。早い時…

日本画の杜 第十六章 「野田村へ」 2017・10

秋になった。十月の始め 空気が冷たくなって夜の森から冬の匂いがした。今年の秋はとても寒い。寒いけれど 懐かしい冬の匂いは私の心に暖かい火を灯す。幼友達に出会ったように心躍る。季節外れの台風が去った後 富士山に初雪が降った。月末には木枯らしが吹…

日本画の杜 第十五章 「八千穂へ」 2017・9

九月になった。よく晴れた秋空に乾いた風の吹き抜ける朝 前本は小海線に乗って八千穂に出掛けた。家から歩いても行けるJR小海線の 甲斐小泉駅から一時間ほどで八千穂に到着する。 甲斐小泉駅には懐かしい電話ボックスがある。駅員の居ない駅は夏の間以外いつ…

日本画の杜 第十四章 素描 「朝顔」 2017・7・8

に 素描 「朝顔 青」 素描 「朝顔 桃」 朝顔の咲かない夏だった。前本の朝顔 夏の花々の素描で夏を偲ぶ。 薔薇が終わり 夏の花壇を楽しみにしていた私達は思わぬ夏を迎えることになった。梅雨明け宣言の三日後 七月二十二日 立木も割れんばかりの雷に心踊っ…

日本画の杜 第十三章 「硝子の箱の薔薇」 2017・6

「硝子の箱の薔薇」 6号S 私達が八ヶ岳に越してきたのは六年前の六月だった。葉山を出る時は梅雨空から小雨が降っていた。小淵沢に着くと快晴で 明るい陽射しに向かって伸びあがるように咲いた真っ赤な罌粟が ようこそと満面の笑みで迎えてくれた。見渡す限…

日本画の杜 第十二章 「牡丹」 2017・5

桜の四月 牡丹の五月 毎年毎年前本は桜を描き 牡丹を描く。何十年にもわたって描いてきた夥しい数のスケッチと 牡丹の作品は沢山あるのにどれも気に入らない。お目に掛けられるものは無いと申すので 今回は作品ではなく今年写生に行った牡丹園で前本が写した…

日本画の杜 第十一章 「山高神代桜」 2017・4

素描 「山高神代桜」 三月の終わりから四月の初めにかけて雪が降った。もう降らないだろうと思っていたのでうんざりした。この辺の人は誰でも もう雪は沢山だと思っている。神代桜の開花予想も外れた。 春の淡雪はあっけなく溶けて暖かくなり 桜も少しずつ咲…

日本画の杜 第十章 「山桜」 2017・3

「山桜」 6号F 暑さ寒さも彼岸までとは言え この辺りでは梅も桜も蕾のままだ。 一昨日 3月21日は雪が降った。 朝カーテンをあけると庭は真っ白な冬景色に逆戻りしていた。四月に入れば日中はストーブの要らない日も増えるが 天気予報はゴールデンウィークに…

日本画の杜 第九章 「早春の窓辺」 2017・2

第九章 「早春の窓辺」 「早春の窓辺」 8F 二月は雪の降る日が多い。北海道育ちの前本は雪の上でも アイスバーンでも平気で歩く。私はこのひと月程は 玄関の前の道へ出るのが精一杯だ。 勿論車の運転などもってのほかである。 庭にご飯を食べにくる鹿達をな…

日本画の杜 第八章 「ONE NOTE美術クラブ」 2017.1

第八章 「ONE NOTE美術クラブ」 2017・1・25 葉山に住んでいた事がある。 海沿いのその町は暖かくて いつも明るかった。十年以上前の事を思い出す。 ある日その人を見かけた。重たそうな黒髪が背中で揺れて 弾むような 不思議なリズムで歩いていた。すれ違う…

日本画の杜 第七章 「玉蔵院の庭」 2017・1

第七章 「玉蔵院の庭」 80号変形 1985年制作 新しい年になった。「絵描きに盆暮正月なし」と言われる。知っている限り、それは 本当だ。よく知っている絵描きは加山先生と前本の二人だが、盆暮正月は確かにない。 家にいれば画室以外に居場所はないし、画室…

日本画の杜 第六章 「天使とバラ」 2016・12

第六章 「天使とバラ」 2009年制作 「天使とバラ」 10号F 十二月に入ると良く晴れて温かい日が続いていた。冬晴れの八ヶ岳南麓は 夕暮れ時が美しい のどかな雲が桃色に染まって 山の端から月が昇る 早朝の雲もまた美しい 空と雲は一時もとどまらず どんな時…

日本画の杜 第五章 「森から」 2016・11

第五章 「森から」 「森から」15号P 1991年制作 10月半ばからずっと暖かい日が続いていた。 浅黄斑は相変わらず飛び回っていた 菊の花が好きなのか 熱心に蜜を吸っている カメラを近づけても全く動じない 野菊が満開になると しめやかな香りと共に秋の冷気…

日本画の杜 第四章 「紫苑」 2016・10

第四章 「紫苑」 2014年制作 「紫苑」 4号 秋の山を撮ろうと晴れるのを待っていた 十月になったのに雨の毎日 紫苑の咲く頃にこんなにお天気の悪い年はない 庭に蝶々が舞い込む 浅黄斑だ 南へ帰らなくてもいいのだろうか いつもの秋より暖かいのかも知れない …

日本画の杜 第三章 「椿下白猫」 2016・9

第三章 椿下白猫 「椿下白猫」 (ちんかはくびょう) 50号M 1997年制作 夏の終わり 空にはまだ夏雲 雨ばかりの九月 庭は秋海棠に覆われた 野菊 秋明菊 秋の花はどこか儚い。「儚い」という字は前本の絵のようだ。人が夢見ている形なのかも知れない。 私が秋…