第二十五章 2018・8 「秋野」

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                               10号変 「秋野」 

 

 

八月も終わりに近づいた。例年ならお盆を過ぎると朝晩の気温が下がり 秋が始まる。短い夏が終わったと寂しく思うのだが 今年はまだ夏である。このブログを書き上げるのは九月になるだろうから 夏の百合と秋草が描かれた前本の作品を冒頭に掲載した。

日本画は同じ画面に 月と太陽を描いたり 秋と春を描いたりする。西洋画では余程の理由が無い限りそう言った事は無い。前本はその理由として 日本人の持つ無常観が根底にあると言う。何もかもが 常に流れていて あの世とこの世は渾然一体としていて現実も非現実も 二次元も三次元も無次元も境界が無い。これは日本人が仏教の教えをこの様に解釈したからであろう。

ルネッサンス以後の西洋画は キリスト教が根底にあり神は天に 人は地に在ると言う考え方の上に 三次元空間を如何に二次元の画面に表現するかを試行錯誤して来た。幻想を描く ―ルドンのようなー絵画と 写実(もしくは現実)を究める ーセザンヌのようなー絵画をはっきりと区別している。西洋では常に二律背反が根底にある。

 

日本人にはそう言った感覚は無い。何事も情緒的に捉える。二者択一ではなく 全てを許容して疑問を持たない。それは明らかに日本の気候風土 日本の土壌が培った感覚であろう。理屈は所詮人間が作ったものである。日本人は人間の作ったものではなく自然を重んじた。自然から感じ取ったた事に従って行けば 世の無常が血に沁みて来る。そういった種族ではないかと思う。加山先生は日本人は非力で 好戦的な種族から追われ 逃れて来たのだと事あるごとに仰る。「そうでなきゃ 月を見上げては嘆き 鹿が啼いては悲しいなんてことは有り得ない。もののあはれなんだ 日本人は」と。

 

前本は縄文土器を見ると この時代から日本人が如何に繊細で感覚的であったかを思い知らされると言う。日本人の感覚は淡泊で 細い 薄い 儚い しかし決して脆弱ではない 堅固で純粋な精神に裏打ちされたものである。本来 日本画の美しさ 良さはそこにある。今では 表面を取り繕う事ばかりで 噓と余計なものだらけの日本画ばかりである。本来の美しさを失った。深さ 品格 目には見えない内面の豊かさと言った本物に触れる喜び 愉しみを省みるべきである。

 

 

 

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今年の夏はレンゲショウマにとっては大変楽しかったようだ。賑やかに咲いた。太陽の花かと思ったダリアは 過酷な暑さに負けて良い花が咲かなかった。

 

 

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百合はいつものように美しかった。百合ばかり描いていた時期がある。何故か私は百合と気が合った。百合の作品ばかり発表する私に 画商が言った。「百合を描く作家として発信していきましょう」

 

思い出してもぞっとする。発信と言う言葉が私を傷つけた。何という不愉快な言い方か

何という品の無い 何という浅ましい 何という卑しい。それを画商は得々としてそう言い 最先端の表現をした自分に満足至極の風情であった。軽率。

 

それからは何かといえば発信 テレビも雑誌も猫も杓子も発信だ。前本に 「何でこんなに嫌なんだろう」と聞いた。「そりゃあ 欲だからだ。人の欲を見せられるのは嫌なものだ」

 

 いつになったらこんなに低俗な文化が終わりになるのか。毎回毎回 こんな事ばかり書くのは虚しい。黙って信じた道を歩めば良いと思う。

 

しかし 私は日本画を守りたい。歳を取って大変疲れた。声高に何かを言う気力は残っていない。それでも私はつまらない文化を作り続ける世間にこう言いたい。精神を取り戻せと。みっともないと言う言葉は絶滅したのか。今の日本はみっともないの一言に尽きる。

 

モデルの仕事の為に 初めて加山先生のアトリエに伺った私に先生は 「昨日の夕飯に何を食べたのか解るような女にだけはならないで頂きたい。それが一番みっともない。貴女にはそのことが良く解るはずです。」と仰った。私はこの方のモデルなら自分を発揮できると思った。共通の美意識を持つ人に巡り合える事は稀である。

 

 

 

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 加山先生のお誕生日 秋分の日がもうすぐやって来る。これは先生がお描き下さった桜の枝。私はこの方のこういったところが好きであった。

 

 

 

 

 

 

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