第四十三章 「月下美人」2020・6

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                                                                                         月下美人」扇面

 

 

 

九年前の白い花の咲く頃 私達は八ヶ岳南麓に移り住んだ。今年も白い花ばかりが咲く季節になった。

 

     

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 小雨の降る6月の初め 葉山の家を後にした。新しい家に近づくにつれ晴れて 明るい木洩れ日のあふれた森に 白い木の花がこぼれるように咲いていた。

あれから 十年近くが過ぎたのだ。

葉山の前本のアトリエで 一枚の繪の取材のため柳田さんが通って来られたのはこちらへ来る少し前になる。二年間にわたって 毎月毎月柳田さんは逗子駅からバスに乗り葉山小学校前のバス停から坂を上がって取材にみえた。どことなく古風で ひたむきな青年であった。

前本はそんな柳田さんを好もしく思い信頼して取材に応じた。絵画業界というのは 何かとまやかしが多い。はっきり言えば殆どがインチキである。そんな中で 一枚の繪の編集部は真摯であった。柳田さんは絵が本当に好きで 大切に思っているのが伝わってきた。

今回 その二年間の記事を教室の方が一冊の本にまとめて下さった。夕顔の小品をあしらった美しい表紙の冊子が出来上がった。

 

 

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冊子を見ていると あの頃の事が懐かしく思い出される。此処へ来る前の葉山での激動の時代。そしてここでの九年間。

前本は あの頃とは違う。乞われるままに 自分の気持ちを曲げて依頼主に応えるような仕事をしなくなった。最近は 「無になりたい 虚になりたい」と口癖のように言う

間もなく 72歳になる老画家として最善を尽くして日本画を守りたいと考えている。

 

 

 

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私は幼い頃から騒々しい事が苦手だった。大きな声で笑うオジサンが居ると電車の中でも泣き続たそうで 祖母はずいぶん手前の駅で降りなくちゃならなかったよと話してくれた。けばけばしいもの うるさいもの ゴテゴテしたものなどは物心の付く前から苦手だったようである。

 

日本画に出会った時 これしかないと直感したのは その静けさ しんみりとした風情 淡泊なのに この上ない深さ これ以上求めることは無いのであった。

一生を捧げて惜しくない。日本画のしもべとなろう。

その日本画が絶滅寸前だと思いたくはない。

 

現代の日本画に必要なのは 表面ではなく 奥へ引き込む力  静謐 神聖 である。新しい日本画などは無い。新しい事など はなから無い。何かを創ろうとしてはならない それが日本ではないか。

前本のアトリエの椅子に敷いた座布団は ボロボロに穴があく。365日朝から晩まで座り続けるからである。

日本画にできることは 欲を棄てて座り続ける事しか無い。

 

 

そんな前本の極めて貴重なショットである。

 

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10月に延期になった成川美術館の個展に合わせて描いていた 一点目の作品が完成した6月のある日 庭で郭公が鳴く明るい一日だった。私達は 3か月ぶりで小淵沢の先まで初夏の山道をドライブした。 前本は愛犬と共に後ろの座席に座りで夏を眺めていた。

そして背の低い私の為に 鉄線の蔓も剪定してくれた。前本が庭仕事などする事は一年に3回くらいか。それは 庭へ出る時間がないからである。

 

 

 

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             そろそろ薔薇の季節になる。

 

 

 

 

 

 

 

                  🌹