
前本利彦 「牡丹抄」30号
激闘などと言う言葉は麗しくない。しかしながら今回だけはそれ以外の表現があてはまらない。
この作品は7月半ばから始まる成川美術館の個展に出品する作品である。
個展の依頼を頂いたのは2年前2024年の5月だった。展示に二部屋を使うので3点か4点新作を出品してほしいとのことだった。
冷たい秋風が吹く頃から 前本は自分が病気ではないかと言い出した。どんどん瘦せて食欲もない。
足が氷のように冷たい 寒い 全く眠れない ほとんど食べない。
私は前本の描いている絵に関して一度も 一言も触れたことは無い。何を描いているのか。進み具合は如何ばかりかと聞かれるのは嫌なものである。
一体どうしたというのだ。絵を描いている二階の部屋で寒さに凍えるようにしてどのような仕事をしているのか。まだ秋口だというのに。
前本が珍しく医者に行くと言った。そうですか それほど深刻なのかと思った。何軒かの医者を訪ねても 検査をしても何もわからない。
いよいよとなって 私は信頼する漢方の先生に相談した。すぐに原因が判明した。先生の的確な診断と処方によって病状は徐々に回復した。私はこの明晰で誠実な先生を心から敬愛している。
世の中にはまともは人がいるものである。
しばらくして 成川館主から「依頼した個展の事を忘れてはいないか」と電話を頂戴した。無理からぬことである。忘れる訳はないが1年近く経っているのに作品は一点も仕上がらないのである。毎日毎日描いているのに。
実はその頃 前本は慎重に目指す技法を探っていた。それは前本の理想とする日本画を形作るための最も重要な技法である。薄氷を踏む思いで試していた。それは日本画を志してから半世紀以上描き続けてようやく辿り着いた心境を表現するための技法であった。

こうして出来上がったのがこの「夏の花䕃」30号 である。
完成したのは2025年9月19日であった。書き始めてから一年半年近く経っていた。
前本は 「家の庭にある花を描いた。夏は陽射しが強く 日影のうす暗いところに花が浮かんでいるのを描きたいとおもっていた。静かな花の表情は子供の頃の記憶につながる」と言っている。
食欲は少しづつ回復したものの 不眠と冷えは続いている。
先の「牡丹抄」にとりかかったのは富士山に初雪が降る昨年10月の半ば それからまた激闘の日々が始まる。
来る日も来る日も描き続ける。日本画の絵の具は「だましだまし」使うのだと加山先生から教わった。まさに だましだまし緊張の連続である。
日本画の絵の具は只塗ればよいというものではない。天然の絵の具は宝石のように美しい。その美しさを失わせることなく 画面に破綻なく乗せてゆくことは簡単ではない。
しかもそれが絵の具としてではなく 画家がモチーフから感じ取った印象を的確に現す為の素材として画面に密着させなくては意味が無い。経験と日本画に対する深い理解が必要である。日本画とは何と奥深いものであろうか。
前本は自分の絵をつくるために60年近く模索し続けてきた。古い絵でもなく新しい絵でもなく 自分の絵を探し続けてきた。それは孤独で 静かなる激闘であった。
「牡丹抄」は2026年6月17日に完成した。
私は今まで見てきた前本の どの絵より佳いと思う。やっと一つの境地に達した作品である。
前本もやっと自分の絵が出来たと言った。
永かった。
そして これからが本当の作家生活になるのだろうと私は確信した。
「花の命は内側から外へ開こうとする。牡丹抄というタイトルは 親鸞の弟子たちが親鸞の言葉を集めて記した歎異抄から来ている。抄は多少のことを書き写しておくと言ったような意味を含めたものだ。」と前本は語っている。
成川美術館 前本利彦展 「花の表情」 2026年7月16日~11月11日

成川美術館 学芸員の鹿子木様がこの様に紹介してくださいました。

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