2020-01-01から1年間の記事一覧

日本画の杜 第四十八章 「熱帯魚」 2020・12

「熱帯魚」100号 前本が足繫く水族館に通っていた事がある。その頃描いた作品である。前本はどんな音もうるさいと言っていた。水族館でスケッチをするのが救いだった。 それは幼い頃 私の好きな場所のひとつだった油壷の水族館。雨の日が特に良かった。雨に…

日本画の杜 第四十七章 「秋草と黒猫」 2020・10

「秋草と黒猫」 九月最後の日 成川美術館の個展の為に描いていた30号の新作 2点を搬入した。 疲れた。 それしか言葉が出て来ない。長い闘いであった。前本も私も放心状態になった。 疲れた。何をする気力も残っていない。七十歳を過ぎるというのは こういう…

日本画の杜 第四十六章 「リリー」 2020・9

「 リリー」 15号F 9月になった。暑かった夏もあっけなく終わった。朝夕は火の気が恋しい。9月は加山先生の誕生月である。先生は夏が苦手でものすごく瘦せる。秋が来るのを待ちわびて早く誕生日にならないかと毎年言った。 秋はドーサ日和の日が多い。日本…

第四十五章 「椿下白猫」2020・8

「椿下白猫」50号P (成川美術館所蔵) 延期されていた成川美術館での個展の日程が決まりました。 箱根芦ノ湖 成川美術館 2020年10月15日 (木)~2021年3月10日(水) 「日本画を描いて来て想う事」 前本利彦 私が日本画を書き始めたのは 美術大学の日本画科に入…

第四十四章 「オランピア」2020・7

「オランピア」50号F 夏は夜と言う。八ヶ岳では 初夏は夕暮れである。初夏 雨上がりの夕暮れ 窓越しに鈴を振るような虫の音 ひぐらしの声 花の香りが流れてくる。甘い花の香に満ちた涼やかな夕暮れ。一日を暮らした緩やかな夕陽が森を照らす。 冒頭の前本の…

第四十三章 「月下美人」2020・6

「月下美人」扇面 九年前の白い花の咲く頃 私達は八ヶ岳南麓に移り住んだ。今年も白い花ばかりが咲く季節になった。 小雨の降る6月の初め 葉山の家を後にした。新しい家に近づくにつれ晴れて 明るい木洩れ日のあふれた森に 白い木の花がこぼれるように咲いて…

第四十二章 「菊花俑」2020・5

「菊花俑」10号F 私の四月は 切り取られて風に運ばれ 何処かへ行ってしまった 。何があったのか定かには思い出せない。ちらちらと小雪が舞う日もあり寒さに震えていたこと 四月最後の日に茶虎が死んだこと。十八年共にした美雨はあっけなくこの世から消えた…

第四十一章 「聖夜」2020・3

「聖夜」 「自己主張が一番いけない」と前本は常々言う。 自己主張 これは一体どの様なことか。 私が幼い頃 戦後間もない日本では 自分を第一に考えたり ふるまったりする事などは品の無い事だといった風潮がまだあった。奥ゆかしさ 遠慮という事がごく当た…

第四十章 「遊蝶花」2020・2

「遊蝶花」 6号 北杜市は水の町である。有名なウイスキィー ワイン 日本酒の蒸留所がそこら中にある。豊かな清水が流れる用水路もどこにでもあり その冷たい流れは恐ろしいほどの勢いである。吸い込まれるような急流に危険を感じる。 流れに翻弄されながら枯…

第三十九章 「椿の海景」2020・1 

「椿の海景」 新しい年になった。葉山に居た頃は 新年の海を見にゆくのが楽しみだった。茶屋の見える岬や 御用邸の脇を抜けて眼前に開ける冬の海は静かで麗らかであった。 あの頃私は家から海沿いの国道までを 北風に逆らいながら歩いて居た。それが心地よか…