日本画の杜 第四十八章 「熱帯魚」 2020・12

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                                                                                                              「熱帯魚」100号

 

 

前本が足繫く水族館に通っていた事がある。その頃描いた作品である。前本はどんな音もうるさいと言っていた。水族館でスケッチをするのが救いだった。

それは幼い頃 私の好きな場所のひとつだった油壷の水族館。雨の日が特に良かった。雨にけぶる海。肌寒い夏の日。誰も居ない仄暗い通路を歩きながら 水槽の中の魚たちを見ている時が心ときめく時間であった。音の無い空間。前本も私も 音の無い空間に暮らしていたい人種である。自然の音以外 どんな音もうるさいのだ。

たまに見るテレビは音を消して眺めるだけである。

私達は音のしない場所を求めてここへ来た。風の音 鹿の鳴き声 雪の降る音 鳥の羽ばたき 木の葉の舞う音 それしか聞こえない所を探し続けた。

 

これは生涯変わらぬ性分であろう。そうであれば それを全うするためには 日本画を描いてゆくしかない。独り黙って画室で日本画を描いて いつか静かにこの世から消えてゆきたい。

  

 

 

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深い闇。真の静寂。ここでは 森羅に宿る神の声を聞くことが出来る。不夜城と化した都会の人工的な光と喧騒の中で 私を導いてくれる守護神の声を聞き取ることは儘ならなかった。

 

 

 

 

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私達が音を消さずに観る数少ないテレビ番組のひとつに 宝生の能舞台がある。この世の静寂を呼び起こす笛の音。鼓の響き。静けさに満ちた能の舞台は私達の人生に欠くことのできない心の休息となる。

 

 

  

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油絵と日本画の違いを問われる事がある。私は 迷わず答える。西洋のミュージカルと能の違いだと。能は日本のミュージカルである。西洋のそれが歌い踊るのに対して

能は唄い舞う。 

 

 

 

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演者は能面を付け 大袈裟な身振りをせず ほんの僅かな動きで感情を暗示する。大きな身振り手振りと顔の表情で 舞台狭しと踊りまくる西洋のミュージカルとは対極をなす。

 
 

 

 

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外国の言葉は 強くしたり弱くしたり 強調する部分は相当な勢いである。それに伴って目をむいたり 眉を上げたり ひそめたり 口を歪めたり 何とも派手である。その上身振り手振りが加わり 私には騒々しくてとても長い間はお付き合い出来ない。日本人が 最近そんな風にするのを見ると無理をするものではないと言いたくなる。日本人には 似合わない。日本語は元来 なだらかで大きく口を開いたりするものではない。大仰な事を下品とする感性を持った国であった。あったはずである。

 

 

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幽界から現世へ 橋掛りを渡り 緑青で描かれた松を背景に 能面を付けた演者は摺り足で舞う。囃子方の 抑制の効いた演奏は 感情をオーバーなまでに盛り上げる西洋のオーケストラとは歴然とした差異がある。能は何処を取っても 日本人の感性の凝縮であり 日本画も同様である。深い洞察もなしに 西洋の真似をすることは 日本人の悪いところである。表面的と言う他ない。日本人は 自国を知らなすぎるのだ。

 

 

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土台 私は盛り上げる 若しくは 盛り上がるのが嫌いである。現代社会ではそのことに終始しているようである。日本画も同様である。何もかもが騒々しく うるさく 空疎である。

 

 

 

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お願いだから静かにしてくれ。といつも思う。日本画ぐらい 静かに描いてくれ と思う。 

 

  

 

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今年は暖かい晴れの日が多く 師走に入っても小雪が舞うこともなかった。そろそろ氷点下の朝が来るのかも知れない。もうすぐお正月である。私達は年を取り 年寄りらしい毎日を送っている。私は おばあさんらしくゆっくりと歩くようになり 髪は真っ白になった。私は以前から いつまでも若くありたいと思うことが無かった。美しくきちんと年を取りたかった。年を取ると 成程そういうことかと分かってくることがあり とても面白いものである。

 



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